信州*その日暮らし お金をかけない日々の記録

信州移住者による、ロハスと言えば聞こえのいい金欠生活録

【2月*御神渡り】御神渡りのメカニズムを考察する。だけどそんなこと知ならくても、前田慶次郎は歌を詠む。の巻

2018年2月某日。
ちょいと足をのばして、諏訪湖御神渡り(おみわたり)見物に行ってきた。

ひさかたぶりに見る御神渡りらしい御神渡り*1
遥か対岸まで続く氷の道筋に満足。

凍り付いた湖面上、御神渡りに恐る恐る近づくと、
「ミシッ・・・」
「ミシッ・・・」
「ドゴッ・・・」
「バシッ・・・」
と断続的に氷のうごめく声が聞こえる。これは乗った人の体重に負けて氷が発する音ではない。

時には氷の合掌の頂点からカケラが崩れ滑り落ち、
今もまさに御神渡りの氷が成長しているまっ最中であることを感じさせる。


ときに明け方には、数キロ四方に響き渡るような
かなり大きな衝撃音を立てて氷が割れるらしい。が、
それを聞くのは地元民の特権で、
われわれ物見遊山の観光客の知りうるところではない。




御神渡りとは

そもそも御神渡りとは、全面結氷した諏訪湖の氷にひびが入り、
両側から押されて氷が盛り上がる、ナチュラルモヒカン現象。

それを昔の人が、男の神様が女の神様のもとにたどった足跡に見立てたもの。
大きく分けて2か所に鎮座する諏訪大社の、
上社(かみしゃ*2)と、下社(しもしゃ*3)を結ぶ
線上に亀裂が伸びるので、こう例えられたのだろう。

というよりも、亀裂の生じる両岸に社を建てた、というのが、
諏訪大社そもそもの立地の決め手だったんじゃないだろうかと思う。
上社は現在地図上で見ると湖から離れた場所にみえるが、
かつては東南方向にもっと広く湿地帯のように広がっており*4
上社近くまで諏訪湖があったのだ。


御神渡りの様子は、氷の道筋ができなかった年も含め「神事」として毎年記録が残されている。
今でも厳冬期になると、幟を持った八剱神社*5ご一行様が、毎朝湖面に出て
手斧で氷を割って厚みを確かめたり、御神渡りの前兆の高さや方向を確認したりと経過観察に余念がない。報道のインタビューに対し毎回律義に状況と希望的観測を答えている神官の姿を、年が明けてからしばらくはたびたび地方版のニュースで見ることができる。
そういった記録は、現存する記録だけでも、文安元年(西暦1444年)から現在に至るまで、
ほとんど途切れることなく続いており、
定期気象観測としては世界最古・最長の記録とのこと。

これだけスパンの長い連続した記録は、地球温暖化の傾向を示す指標になるのはもちろんのこと、
歴史時代の小氷期(15~19世紀)の気温推移を立証する資料にもなるという。
水が凍る気温、というのは今も昔も変わらず摂氏0℃だからね。
日誌で「今日は寒い」とか「陽もなく雪が降りしきる」などと記されるのに比べ、
はるかに貴重かつ学術的に正確な資料だろう。


ところで、なぜ諏訪湖御神渡りが起こるのだろうか。
他の日本各地の湖と比較しながら、御神渡りの条件、仕組みというか原理というか、
その成因のメカニズムに考察をくわえてみよう。


諏訪湖はなぜ凍る

寒くなくちゃはじまらない

御神渡るうえの絶対的な必須条件として、湖が全面凍結することがあげられる。
つまりは寒いところ、水温が0℃以下まで下がる場所の湖であることだ。
当たり前だね。

寒いところとまず考えるに、北に行くほど寒いというのは自明のことで、
実際、相当ざっくりした目安だが、日本のような中緯度地帯では緯度が1度上がる(あるいは100km北上する)ごとに
気温はだいたい1℃下がるらしい。*6
そして諏訪湖は北緯36.04度。東京の北緯35.4度とくらべ、およそ60km北に位置する。
単純計算で、東京に比べ気温が0.6℃ほど低いことになる。

そこだけ考えると、大して寒くないことになる。
何といっても、あの日本一暑い街を売りにしている熊谷市よりも、諏訪湖は南にあるのだから。


そこで、ほぼ同じ緯度にある湖、面積日本第2位の霞ヶ浦と比較してみよう

諏訪湖(長野県) 霞ヶ浦茨城県
地勢データ(主に地形図と理科年表より抜粋)
北緯 36.04度 36.03度
東経 138.08度 140.39度
海からの距離 104㎞ 20㎞
面積 12.9k㎡ 167.6k㎡
周囲長 18km 136km
円形度 50% 11%
湖面標高 759m 0m
最大水深 7.6m 7.3m
平均水深 4.6m 3.4m
貯水量 0.06k㎥ 0.57k㎥
1月平年値気象データ(主に気象庁HPより抜粋)
観測点 諏訪 土浦
降水量 43.9mm 43.5mm
最高気温 3.6℃ 9.1℃
最低気温 -5.9℃ -1.1℃
風速 2.9m 1.5m
日照時間 180.6時間 179.4時間

緯度だけでなく、意外と水深、降水量・日照時間など共通点が結構多いが、
驚くべきは諏訪湖の標高。湖面の標高はなんと759メートル。
スカイツリーのいちばん先っぽ(634m)よりさらに125mも高い。こいつが決め手。
緯度同様にざっくりした目安で、標高が100m上がると気温が0.65℃下がるらしいので
ほぼ標高0mの霞ヶ浦に比べ、単純計算で4.9℃低くなる。
そいつは寒い。

4.9℃を緯度に換算すると4.9度の差。
つまり標高を756m上がるということは、490㎞北上するのにほぼ等しいことにいなる。
霞ケ浦諏訪湖の緯度に4.9度を足した数字、北緯40.9度は青森市よりもさらに北。
本州北端に近いところ同じということになる。


見逃しがちだが、実はもうひとつ寒くなる要因がある。
それは、海から遠いこと。*7
諏訪湖は海まで約104㎞。日本でこんなに海から遠くて、面積の大きい湖はない。
陸地より暖かい「海」の影響を受けないため、これがかなり効いているハズなのだ。

県外からの視点では盲点となりがちだが、全国の気象情報で天気や気温が表示される長野県(=長野市)よりも、諏訪は標高が400m高いために、気温が長野市よりも単純計算で2.6度低い。
気温だけで言うと岩手県の盛岡の気温*8に近く、東京の最低気温よりも最高気温が低いなんてことがザラにある。

余談だが、信州の建物、特に20世紀(要するに西暦2000年)までに建てられたような建物は、吉田兼好の「家の造りようは夏をムネとすべし」なんて言葉を本気で信じているとしか思えない造りで、はっきり言って自分たちが住んでいる場所は日本でも有数の寒い地域だと認識していないとしか思えない造りになっている。「冬、台所に置いて凍ってはいけないものは冷蔵庫に入れる」なんて話を聞いた時には正気かと思ったものだ。
そんな、冷蔵庫の中の方が台所の室内よりも温かい世界に暮らしているにもかかわらず、東北のように雪が降らない、というビジュアル的イメージから、そこまで寒い所ではないと信じて疑わないのだ。これは昔の話ではなく、現代でも多くの信州人の共通認識なのだから参ってしまう。しばれる東北の吹雪の気温は、信州の快晴の冬空の気温よりも温かいということも知らずにいる信州人のなんと多いことか。


寒けりゃいいってモンでもない

だけど、諏訪湖よりも寒いところの湖なのに、凍らない湖もある。

先ほど、「日本でこんなに海から遠くて面積の大きい湖はない」、といったが、
実はいくらか作為的な言葉のトリックが含まれている。
間違いなく、諏訪湖より大きくて、諏訪湖より海から遠い湖は日本に存在しないが、
諏訪湖よりわずかに小さいけれど、
諏訪湖より北にあって、諏訪湖より標高が高くて、諏訪湖より海から遠い湖が、栃木県にある。

それは日光・華厳の滝の上流にある、中禅寺湖だ。

諏訪湖(長野県) 中禅寺湖(栃木県)
地勢データ(主に地形図と理科年表より抜粋)
北緯 36.04度 36.74度
東経 138.08度 139.46度
海からの距離 104㎞ 107㎞
面積 12.9k㎡ 11.8k㎡
周囲長 18km 24km
円形度 50% 26%
湖面標高 759m 1,269m
最大水深 7.6m 163m
平均水深 4.6m 94.6m
貯水量 0.06k㎥ 1.12k㎥
1月平年値気象データ(主に気象庁HPより抜粋)
観測点 諏訪 奥日光
降水量 43.9mm 52.3mm
最高気温 3.6℃ -0.4℃
最低気温 -5.9℃ -8.1℃
風速 2.9m 4.6m
日照時間 180.6時間 170.2時間

数字を見ても、かなり近しい条件にある湖といえる。
そして、先ほども言ったように、
諏訪湖より北にあって、諏訪湖より標高が高くて、諏訪湖より海から遠いために、
諏訪湖よりもっと気温が低い中禅寺湖。しかしなぜだかこれが凍らない。

日本の面積上位50の湖沼(人造湖を除く)のうち、
諏訪湖と同じくらい寒いか、より寒い環境にありながら、
中禅寺湖をはじめ、支笏湖(北海道)、洞爺湖(北海道)、十和田湖(青森・秋田県)、田沢湖(秋田県)は
全面凍結することのない不凍湖だ。
これらは、歴史をたどると極端に寒い年に全面結氷した記録が残る、
という程度にしか、ごく稀にしか凍ることがない。


中禅寺湖が凍らない理由の一つとして、良く挙げられるのが「風」。
流れる水が凍らない*9ように、風でさざ波が立つ水は凍らない、という理屈だ。


御神渡りの生じた2018年の諏訪湖の具体例をもとに、
風が結氷を妨げる様子を含め日を追って見てみよう。

1月13日、この冬の一番の冷え込み(最低気温-9.3℃)により今季初の全面結氷
1月16日、最高気温11℃まで上昇したため解氷、その後しばらく気温の高めの日が続く
1月23日、午後5時に気温が氷点下に入ったのを最後に、24日、25日、26日と日中でも気温がプラスにならず。
しかし諏訪湖は凍らない。
悪さをしたのは、風。

この23~26日にかけて、諏訪湖では瞬間最大風速18~22mの風が吹き荒れていた。
このため、水温はまちがいなく0℃を下回っていたものの*10
沿岸の一部を除いて、ほとんど凍らなかった。
そして、風が収まった26日深夜から27日朝にかけてのわずか数時間で、一気に湖全体が凍り付いた。

1月28日、午後1時に5日ぶりに気温がプラスに転じる
1月29日以降、日中の気温がプラスの日が続くものの、順調に氷は厚みを増す
2月1日、御神渡り出現と公式発表*11
その後、御神渡りは2月10日午後にみぞれが降るまで成長を続けた。
(2月27日に跡形もなく消滅)


これを見るように、過冷却になった水は、たとえ風が強くても、
風が弱い時間帯が数時間続くだけで凍るのだ。しかも一気に凍りつく。
一度凍ってしまえばこっちのもんで、水面へ風が当たらなくなり、影響は無視できるようになる。
このように、凍らない理由を風に求めるのは、無理があるのだ。



結論から言うと、中禅寺湖が凍らない理由は水深に求められる。
中禅寺湖の平均水深は94.6m、支笏湖256m、洞爺湖117m、十和田湖71m、
田沢湖に至っては280mもある。湖面の標高が249mなので、平均がすでに海抜下だ*12

水は空気や地面に比べ、温まりにくく冷めにくいという性質があり、
さらに、たくさんの量の水(=水深の深い水)を冷やそうと思っても、
部分的に冷えるより前に対流で冷水が拡散されてしまい、表面の温度がなかなか下がらず凍らないわけだ。


そして逆を言うと、諏訪湖は極端に浅いから凍る。
諏訪湖の平均水深はというと、わずか4.6m。
ジャイアント馬場2人分に、ジャイアントカプリコを2~3個分を積み上げた位の高さだ。
直径約2kmの諏訪湖からすれば、4.6mなど厚みが無いに等しい。


諏訪湖はなぜ御神渡る

凍るだけじゃ神様は渡らない

実を言うと、御神渡りという現象は諏訪湖だけのものじゃない。
御神渡り」という名は諏訪湖が元祖だが、ほかにもいくつか同様の現象が現れる湖が知られている。

日本国内では、屈斜路湖(北海道)の御神渡りは、その規模の大きさでそこそこ有名だし、
塘路湖をはじめとした、達古武湖、シラルトロ沼といった釧路湿原(北海道)内のいくらか小さめの湖沼では
毎年のように御神渡りがみられるという。
阿寒湖や倶多楽湖(北海道)でも、極めて稀だが過去に出現した例があるという。
世界に目を向けると、ロシアのバイカル湖アイスランドのミー湖、
あと名前は知らないけど、北朝鮮の方でも似た現象がでる湖があると聞いた覚えがある。


しかし、全面凍結する湖は数多くあれど*13
何故か神様が足跡を残してくれるのはそれだけ。
本州では唯一、諏訪湖だけだ。
というか、もしかしたら世界最南端の御神渡り現象なのかもしれない。*14


御神渡りの成因は、気温の上下による水の体積の増減にあることがわかっている。
水は凍るときに体積が増え、水の時に比べ体積が1.09倍に増える。およそ4℃の時がいちばん体積が小さい(密度が大きい)らしい。
凍ってからは、ごくわずかずつ体積が減っていくが、決して水の状態のときより体積が小さくなることはない。
氷が水に浮かぶのはこのため。
こんな性質を示す物質は他にほとんどなく、普通の物質は気体>液体>個体の順に体積が大きく、
温度が下がるほど縮こまり、大きくなるほど開放的になる。
人間もそうだね。

水道管が凍結により破裂するのはこのためで、
限られた空間、管の中の水が凍ることで体積が増え、逃げ場を失った氷が水道管をぶち破るのだ。
同じように湖面の水が温度の変化により、体積が増えたときに、
増えたぶんだけ、裂け目から盛り上がるのが御神渡りになるわけだ。


であれば、凍りさえすれば、どこでも御神渡りそうなものだが、
なぜだかほとんどの湖で御神渡りが生じることはない。


諏訪湖が円形に近いため、力が分散せずひとつどころに集中し、局地的に盛り上がるのかと思い、
凍る湖の円形率(100%になるほど円に近い)を計算してみたが、
御神渡る湖→諏訪湖50%、屈斜路湖30%、塘路湖17%、諏訪湖を除いて別段丸いわけでもない*15
御神渡らない湖→摩周湖55%、能取湖60%のほうがはるかに丸い。


すると、浅さ、だろうか。

浅くて全面凍結する本州の湖を比較してみよう。
山中湖(山梨県)はどうだろう。全面凍結する湖の中では、
おそらく環境・条件とも最も諏訪湖に近い。

諏訪湖(長野県) 山中湖(山梨県
地勢データ(主に地形図と理科年表より抜粋)
北緯 36.04度 35.42度
東経 138.08度 138.86度
海からの距離 104㎞ 32㎞
面積 12.9k㎡ 6.8k㎡
周囲長 18km 14km
円形度 50% 44%
湖面標高 759m 981m
最大水深 7.6m 13.3m
平均水深 4.6m 9.4m
貯水量 0.06k㎥ 0.06k㎥
1月平年値気象データ(主に気象庁HPより抜粋)
観測点 諏訪 山中
降水量 43.9mm 78.2mm
最高気温 3.6℃ 3.8℃
最低気温 -5.9℃ -9.3℃
風速 2.9m 1.2m
日照時間 180.6時間 158.7時間



面積に倍近い差はあるが、最高・最低気温は似たようなもの。
山中湖は全面結氷する年の方が珍しいので、しょうがないとはいえ
どんなに寒い年でも、御神渡ることはない。

違いは何だ。凍りさえすれば、気温を司る緯度、標高、海からの距離、の3つはあまり関係ないと思う。
表をざっと見ると、面積、水深と降水量、日照時間あたりが怪しいだろうか。


従来仮説への反証(そんなんでホントに御神渡る?)

海水の混じった汽水湖*16で御神渡る例は全くないので
これを除外するとして、全面結氷する淡水湖の面積、平均水深と、1月の平均降水量、最高気温、最低気温、日照時間を見てみよう。

面積平均
水深
面積
/水深
気象
観測点
降水量最高
気温
最低
気温
日照
時間
御神渡る 諏訪湖
(長野県)
12.9k㎡4.6m2.8諏訪43.9mm3.6℃-5.9℃180.6時間
塘路湖
(北海道)
6.4k㎡3.1m2.1塘路46mm(観測なし)
屈斜路湖
(北海道)
79.4k㎡28.4m2.8川湯55.1mm-2.9℃-17.9℃91.4時間
渡らない 河口湖
山梨県
5.7k㎡9.3m0.6河口湖54.6mm5.3℃-6.2℃204時間
山中湖
山梨県
6.8k㎡9.4m0.7山中78.2mm3.8℃-9.3℃158.7時間
大沼
(北海道)
5.3k㎡5.9m0.9大沼71.9mm(観測なし)
猪苗代湖
福島県
103.3k㎡51.5m2.0猪苗代71.0mm1.0℃-6.2℃87.5時間
檜原湖
福島県
10.7k㎡12m0.9桧原139.3mm-0.7℃-9.1℃47.3時間
八郎潟
秋田県
27.7k㎡0m大潟92.9mm2.6℃-3.5℃41.3時間
鷹架沼
青森県
5.7k㎡2.7m1.8六ケ所96.7mm1.1℃-4.6℃77時間
阿寒湖
(北海道)
13.0k㎡17.8m0.7阿寒湖畔71.9mm-4.3℃-17.7℃82.4時間
摩周湖
(北海道)
19.2k㎡137.5m0.1弟子屈55.8mm-3.3℃-12.8℃135.3時間

んーーむ、大きさや気象条件に、直接的な共通性が見いだせないなぁ。
日照時間、寒暖差はこれを見る限りほとんど関係なさそうだ。
本当はここで、降水量が少ないことが条件、と締めくくるつもりだったんだけど
降水量が少ない、という条件だけだったら、摩周湖や河口湖でも御神渡りそうなものだ。

全面凍結すること、降水量が少ないこと、
氷のわずかな膨張だけで、亀裂が盛り上がりが見て取れる程度に面積が大きいこと
これ以外になにか条件が必要ということになる。うーむ。
数字とにらめこして、やはり湖の浅さに原因を仮定してみた。
水深1mあたりの、水面が大気に接する面積(要するに湖面面積)でみると、
諏訪湖屈斜路湖の値が一致した。数値的なことはおそらくたまたまだと思うが、
やはり「浅さ」にポイントがありそうだ。


もとより、従来の御神渡りのメカニズム仮説には疑問を感じていた。
何だか説明に無理がある気がしてしょうがないのだ
従来の仮説はいくつかあるが、簡単ににおさらいしてみよう

【従来仮説1】
「寒暖差」による、氷の収縮によって

  1. 一番気温の下がる明け方に、氷の体積が小さくなることで亀裂が生じ、氷に隙間が生まれる
  2. 生じた隙間に氷の下の水が入り込み、さらにそれが凍る
  3. 気温が上がると、新たに凍った水ごと、全体の体積が増える
  4. 亀裂に入り込んだ氷の分だけ体積が増えているため、亀裂部分が盛り上がる


もっともな感じだが、これだと気温が一番上がる時間帯に、最も盛り上がるはずだ。
しかし、現実にいちばん御神渡りが成長するのは、気温が最も下がる明け方で矛盾がある。
それに、御神渡った状態で氷に隙間が生じるというのは見聞きしたことがない。

何より、氷が温度が1℃下がるときに縮む体積は、わずか0.03%
体積というからには、水平方向だけでなく上下方向に増える分も含んだ増分なので、
凍っている状態での水平湖方向の体積変化は、いくら広い湖と言っても劇的なものではない。
弾性もあるので、せいぜい、氷に亀裂を生じさせる程度にすぎないはずだ。


【従来仮説2】
一番気温の下がる明け方の冷え込みによって、

  1. 水に接する氷の下面の温度(もちろん0℃)と、気温によって冷やされる氷の上面の温度差が大きくなる
  2. 結果、氷の下面より、氷の上面の方が縮むため、氷が反りあがる
  3. 氷が割れて御神渡りになる



こちらの仮説の方が温度差が大きいためもっともな感じがするが、ひとつ疑問が残る。
というのも、沖の御神渡りばかり注目があつまるが、
実は湖岸にも氷が乗り上がって、いわば片御神渡りのような状態になるのだ
当然、乗り上がった湖岸の氷の下に水はない。

とにかく、どちらの仮説も、氷に裂け目が入る根拠には足りるが、
湖面が大きく盛り上がる根拠には足りないのだ。



新説をでっちあげる(一応マジ仮説です)

ポイントはやはり「浅さ」

仮説をぶちたててみる。ポイントはやはり「浅さ」だ。
【新説】

  1. 明け方にかけて気温が下がる

  2. 氷の下の水が凍る。
    水深が浅いため対流が少なく、表面積も大きいため、通常よりも多くの水が凍る。
    水が氷になることで、体積が【9%】増える。

  3. 水平方向に増えた面積が、湖岸に押し戻される圧力と、
    浮力による氷の浮き上がりも相まって、
    氷の割れ目などの弱い部分から噴き出るように氷が盛り上がる




この仮説のポイントは、浅い湖においては、氷の下の水の動きが少ないために、
通常に比べて多くの水が凍ること。
一気に多く凍るからこそ、劇的に大音響を伴って御神渡りができるのだ。
氷の寒暖差による0.1%にも満たない体積変化では望むべくもないが
水が氷に変化するときの体積変化は9%で、その差は歴然としている。

前にも述べたが、動きのある水は凍りづらい。
逆に言えば、動かずじっとしている水は、冷えさえすればいとも簡単に凍るのだ
湖が凍ることの理由にも書いたが、諏訪湖は浅いため対流が弱い。
熱が拡散されないだけでなく、氷面下の水の動きも鈍い。

水深の深い湖では、水面と湖底の温度差が大きく、
それを解消すしようとする自然の動き、つまり対流による水流が大きい。
また、先にさらっと書き流したが、汽水湖御神渡りができないのもこれで説明がつく。
汽水湖は海とつながっているため潮の満ち引きの影響があるため、氷の下の水流がかなり激しいのだ。
全面結氷、と言ってもオホーツクの流氷のように、
波のせいで氷が割れ、ウロコ状の氷の塊がいくつも浮いて湖面を覆っているような状況で、
一枚の氷の板になっていないのも原因だと思う。

もう一つ、降水量多い=雪が氷の上に積もると御神渡りができないことも説明がつく。
雪は氷に比べ、空気を多く含んでいるため、熱伝導性が悪い。
氷の上に雪が積もると、気温の低さが氷に伝わらず、
結果、氷の下の水が凍るのを妨げるのだ。



まとめ


全面結氷する湖は意外と多い。
しかしその中でも御神渡りが起こる湖はごくわずかだ。
おそらくは今まで述べた以上に絶妙なバランスの上に成り立っている現象と思われる。

通常の湖では、主に水面下の対流の影響で氷の結晶が形成されづらく、劇的な変化が起こりにくいが、
水面下の流れがきわめて緩やかで、氷が形成過程に邪魔が入らない湖においては、
御神渡りのような際立った現象が現れるのではないだろうか。

御神渡りの必須条件(のように見える条件)
・寒くて一枚氷に結氷する
・降水量が少ない(おおむね50㎜以下)
・貯水量当たりの表面積が大きい(水深1mあたりの表面積k㎡の割合が2.0以上)


何の実証事件も伴わない仮説ですまんね。
だれかコンピューターでシミュレーションしてみないかね。


前田慶次郎 in 下諏訪

諏訪湖は、御神渡りこそ毎年発生するわけではないが、
ちゃんと毎年全面結氷し、しない年の方が少ない。というか凍らない年は無いかもしれない。

御神渡りが発生しなくても、氷の上に雪が積もると、
一面まったいらで足跡一つない、見渡す限りの雪原となる。
御神渡りなんかよりこっちの方がすごいんじゃないかと正直思う。


毎年冬になると、湖畔に数十メートルおきに赤い旗が立つ。
赤い旗は「まだ氷が薄いので乗ってはいけない」印だという。
乗っても大丈夫なほど厚くなると、白い旗が立つというが、
誰も責任取れないので、たぶん白い旗が立つことはないんじゃないかな。見たことないし。

昔は湖面を自転車で渡って通学したもんだ、なんて嘯く地元のオヤジもいるけど、
まあそれは比較的馬鹿が許された緩い時代だった、というだけのことだろう。

大きな御神渡りや、厚い氷の年の記憶と印象が強いだけで、
人の言うように、昔は毎年巨大な御神渡りが発生していた、というわけではないはずだ。




異常なほどに長くなってしまった記事の最後に、
戦国末期の傾奇者として知られる武将、前田慶次郎
下諏訪で詠んだ御神渡りの句を紹介したい。
慶長6年11月、西暦に直すと1601年12月頭頃の作とされるものだ。

なお、この句は、ほぼ無名に近かった前田慶次郎の名を一躍有名にした
隆慶一郎の小説『一夢庵風流紀』の締めくくりにも引用されている。


『こほらぬは 神やわたりし すはの海』

訳:なんだ、諏訪湖凍ってねーじゃん! 神様もう渡り終わっちゃったってコトぉ?



こほらぬ、というのは、もしかしたら、御神渡り出現前に前兆としてみられる、
氷に幅数メートルほどの川のような裂け目ができた状態を指している可能性もある。
昔は写真など無いので、御神渡りの話を聞いていた慶次郎が、これを一目見て、
これぞ御神渡り、と詠んだものなのかもしれない。


氷期のはしりの時代とはいえ、12月頭じゃ、まだ御神渡らんわな。
いずれにせよ、来るのがちと早かったようだね。慶次郎さんよ。

(了)


注釈

*1:御神渡りらしい御神渡り】年によっては、規模が小さいのに出現発表して「これが?」と落胆するような御神渡りも決して少なくない

*2:【かみしゃ】最初の「カ」にアクセントがある

*3:【しもしゃ】最初の「シ」にアクセントがある。かつては「ティモテ」と同じアクセント、と言えば通じたが今は余計通じない。

*4:【かつて諏訪湖は東南方向に広がっていた】その名残として「湖南(こなみ)」という地名が諏訪湖から上社に向かう途中南側に広がる。

*5:【八剱神社】やつるぎじんじゃ。上諏訪駅近くにある神社。思ったよりも小さな境内で、なぜ諏訪大社ではなく元来熱田神宮八剱宮にルーツを持つはずの八剱神社が記録するのかは謎であるが、単純に湖に近いというだけの理由なのかもしれない。現在八剱神社は八剱の系列ではなく、諏訪大社の系列に組み込まれている。

*6:【100km北上】緯度1度は約111kmなので、ホントにざっくりとした目安と考えネェ

*7:【海から遠いこと】地理用語で「隔海度」というらしいが、単位や測り方が不明なので、単純な水平距離で見ることにする

*8:【盛岡の気温】盛岡は内陸にあるため、東北の県庁所在地中でも際立って気温が低い

*9:【流れる水が凍らない】簡単に言えば、水が動くことで、凍る=結晶化するのを邪魔している

*10:【水温が0℃を下回る】過冷却という状態らしい

*11:御神渡り出現の公式発表】諏訪大社本体ではなく、なぜか末社の八剱神社が判定する。

*12:【平均がすでに海抜下】最深部は423m。海抜なんとマイナス174m

*13:【全面凍結する湖は数多くあれど】日本にある諏訪湖より大きな湖だと、凍る湖13(サロマ湖猪苗代湖屈斜路湖小川原湖能取湖、風連湖、網走湖厚岸湖八郎潟摩周湖十三湖、クッチャロ湖、阿寒湖)に対し、凍らない湖10(琵琶湖、霞ヶ浦、中海、宍道湖支笏湖洞爺湖浜名湖十和田湖、北浦、田沢湖)で、意外にも凍るほうが数が多い。

*14:【世界最南端の御神渡り】こんなものの統計を取る人はいないらしく、データはみつからない

*15:【別段丸いわけでもない】ちなみに倶多楽湖の円形度は92%。これはもはや丸だ。

*16:汽水湖】海と直接つながっていて、真水ではなく海水混じりの湖のこと